レトロゲームズ

ドラクエ生みの親、フリーライターだった堀井雄二さんが、ゲームにハマったキッカケ。

      2015/04/01

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ドラクエの作者、堀井雄二さんもパソコンゲームにハマり込み、のめり込んだのがキッカケでゲームクリエイターになりました。

 

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フリーライター時代

 

フリーライターとして雑誌に原稿を書いていた堀井さんがパソコンを買ったのは、1982年のこと。

 

購入したのはNECが1981年に発売した「PC-6001」。”パピコン”の愛称で親しまれた8万9800円のパソコン入門機でした。

 

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この時のことを堀井さんはこう語っています。

 

当時、新聞なんか読むと、マイコンは何でも出来るようなことが書いてあるわけ。本当かなと思いつつも、面白そうだと思って買ったんです。資料整理くらいには使えるんじゃないかと思って。でも、買って三日くらいで仕事には使えそうもないことが分かって。仕方がないからゲームをしていたらハマっちゃった。最初の三ヶ月くらいは仕事をしないでパソコンばかりいじってました。二ヶ月でBASICを覚えて、半年くらいでマシン語もものにしました」

 

このゲームにハマったのが運命的な感じがたまらないですね。

 

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当時、このテニスゲーム「ポン」を改良したりして遊んでいたらしいですね。仕事そっちのけで、ゲームに興じていたとか。

 

当時のゲームはBASICで書かれていて、プロテクトもかかっていなかったので、自分で自由に手を加えることができたんです。ここをちょっと変えればもっと面白くなるんじゃないかとか。「スタートレック」の燃料補給基地なんか焼き芋風に改良したりして。関西弁で「燃料いりまへんかー」なんてね(笑)」

 

この時期に作ったオリジナルのゲームソフトが、エニックスが1982年に開催した第一回ホビープログラム・コンテストに入賞し、堀井さんはゲームクリエイターとしての第一歩を踏み出しました。

 

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上は堀井さんがコンテストで入賞したラブマッチテニスです。この後に伝説のドラクエが出るんだから凄いですよねぇ。

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