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1996年に誕生した「ポケモン」。伝説のポケモン「ミュウ」は一体どこにいたのか?ポケモンはどうやって生まれたのか。

   

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今や知らない人はいない「ポケモン」。1996年2月27日に「ポケットモンスター 赤 緑」として、発売されました。

 

 

 

当時ありましたよねぇ。「赤を買うか、緑を買うか、ちょっと違うよ」のキャッチフレーズ。コマーシャルで流れてました。本当懐かしい。

 

 

開発は株式会社ゲームフリークです。

 

 

ピクチャ 19

 

 

ポケモンを生み出した、ゲームフリーク代表取締役の田尻智さんの本を読んだのですが、ポケモンは田尻さんの幼少時代がめちゃめちゃ影響されてます。

 

 

ポケモンの自然あふれる世界観は、田尻さんが幼少時代虫取りだったから

 

 

 

 

この田尻さんの体験が、ポケモンの世界観に反映されます。

 

 

 

 

ポケモンは面白かったなぁ、もう本当に楽しかった。小学生の頃。通信で対戦をして、サファリパークで狩りをしていた、あのころ。

 

 

僕は学校の噂や友達との会話で、ある日ミュウの存在を知りました。

 

 

 

 

しかし、ミュウはポケモン図鑑の最後の151匹目で、伝説のポケモンでどこに現れるかも全然分からず姿さえ見れないまま辞めた人も多いんじゃないでしょうか。そもそも、ミュウはソフトの中には存在するが通常プレイヤーの目に触れないデータ」としてゲームの中に存在しています。

 

 

ミュウはコロコロコミックのプレゼント企画で現れたポケモンでした。それも、20名限定。これに対し、応募が約7万8000通もあり、当たる確率0,02564%。この反響の大きさから、同じ年の8月号で再度100名分の募集をやり、約8万通の応募がありました(当たり確率約0.125%)これらの反響の大きさから、1996年8月23日東京国際展示場で開催された「イプサムカップ第4回次世代ワールドホビー展」にて3度目のプレゼントの実施が計画されました。この時もコロコロコミック誌上にて告知が行われましたが、「ミュウがもらえる」とは一言も書かれず、「ゲームボーイとカセットを持ってくると、良い事があるよ」とだけ書かれていました。このイベントで約700人に配布が行われた。

 

 

 

ゲーム内でのミュウの入手方法はこちらのサイトがとても分かりやすかったです→取り方

 

 

ミュウはゲームでもアニメでも滅多に現れないポケモンですね。大好きです。

 

 

 

 

ポケモンは、いかにして生まれたのか

 

 

田尻さんがいなければポケモンは生まれませんでした。実は、田尻さんは企画書を持ち込んでいました。そこには自分の持ってる「アイテム」と「モンスター」を交換できるというものでした。「ケーブルを使って交換する」。そこで、その場にいた人たちは最初のアイデアとして、面白いと思ったそうです。そこで、任天堂が開発費を出して、作りました。

 

 

 

 

 

そして、開発延期などもありながら、無事発売されたポケモンは小学生を中心に口コミで大ブームが起き、社会現象になりました。

 

 

これからも楽しみです!

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 - 1990年代発売


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